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高松高等裁判所 平成6年(ま)2号 決定

主文

請求人に対し金三三一六万二五〇〇円を交付する。

理由

一  本件請求の趣旨及び原因は、請求代理人ら連名作成の刑事補償請求書に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  そこで、当裁判所平成二年(お)第一号再審事件の一件記録を調査して検討すると、次の事実が認められる。

1  請求人は、

(一)(1)  奥野義明ほか二名と共謀の上、昭和二一年五月一五日、高松市朝日町の高松地方専売局に侵入し、煙草三万二四〇〇本入り木箱を窃取した(建造物侵入・窃盗)

(2)  右奥野ほか三名と共謀の上、同年八月一八日、高松市松島町の岩瀨〓乳高松工場において、煉乳一斗入り缶四缶を窃取した(窃盗)

(二)(1)  右奥野と共謀の上、窃盗の目的で、同年八月二一日、香川県仲多度郡榎井村(現琴平町榎井)の高津與三郎方邸内に侵入した(住居侵入)

(2)  その際、右高津に発見され鍬を振りかむり迫って来られたので、同人を殺害して逃げるほかないと決意し、所携の拳銃で同人を狙撃して即死させた(殺人)

(三)  右奥野ほか四名と共謀の上、煙草窃取の目的で、同年八月二八日、前記専売局の構内に侵入した(建造物侵入)

(四)(1)  正当の事由がないのに、同年七月三一日ころ、大阪駅前において、謝発と共同で朝鮮人から十四年式拳銃二丁及び実包八〇発を買い受け、これを高松市まで携帯した上、そのうち一丁を同年八月二〇日ころまで同市松島町の自宅に隠匿して所持した(銃砲等所持禁止令違反)

(2)  同じく、右(三)の犯行に際し、実包八発を装填した十四年式拳銃を携帯して所持した(銃砲等所持禁止令違反)との各事実につき、旧刑事訴訟法に基づき、予審を経て、昭和二二年五月二日、高松地方裁判所の公判に付された。

2  同裁判所は、右の各公訴事実を認定し、かつ、〈1〉前記(二)の(1)の住居侵入と同(一)の(1)及び(三)の各建造物侵入、同(一)の(1)及び(2)の各窃盗がそれぞれ昭和二二年法律第一二四号により削除される前の刑法五五条の連続犯、同(二)の(1)及び(2)の住居侵入と殺人、同(一)の(1)の建造物侵入と窃盗がそれぞれ刑法五四条一項後段の牽連犯の各関係にあって、結局、以上は科刑上一罪であり、また、〈2〉前記(四)の(1)及び(2)の各銃砲等所持禁止令違反が連続犯の関係にあり、更に、右〈1〉と〈2〉が刑法四五条前段の併合罪の関係にあると認定判断した上、昭和二二年一二月二四日、請求人を無期懲役に処するとの判決を言い渡した。これに対し、請求人は、前記(二)の(1)及び(2)の住居侵入と殺人の事実(以下、この両事実を「本件殺人の事実」といい、これを除くその余の前記各事実を「本件窃盗等の事実」という。)につき無罪を主張して控訴したが、高松高等裁判所は、やはり第一審と同様に認定判断し、ただ量刑につき調査検討して、昭和二三年一一月九日、請求人を懲役一五年に処するとの判決を言い渡した。請求人は、更に上告して右の無罪を主張したが、最高裁判所第一小法廷は、昭和二四年四月二八日、上告棄却の判決を言い渡し、これによって右控訴審判決(原確定判決)が確定した。

3  請求人は、前記のとおり、昭和二一年八月二八日奥野らとともに高松地方専売局に侵入した際、これを発見されて逃走したが、警察官の検問にかかり、同日、当時の行政執行法一条に基づく行政検束として高松警察署の留置場に留置され、以降、本件窃盗等の事実及び本件殺人の事実の取調べのために、期限を翌日の日没までとされていた行政検束を引き続き繰り返されて右警察署及び他の警察署の留置場に留置された上、昭和二二年一月三〇日、本件殺人の事実及び本件窃盗等の事実につき勾留されて、これを継続され、上告審判決が言い渡された昭和二四年四月二八日から原確定判決の刑の執行を受け、その後恩赦により減刑されて、昭和三〇年五月六日、仮出獄により釈放され、結局、行政検束により昭和二一年八月二八日から昭和二二年一月二九日まで一五五日間、勾留により昭和二二年一月三〇日から昭和二四年四月二七日まで八一九日間、刑の執行により昭和二四年四月二八日から昭和三〇年五月六日まで二二〇〇日間、合計三一七四日間にわたって身柄を拘束された。

4  請求人は、平成二年三月一九日、当裁判所に対し、原確定判決の本件殺人の事実に関する部分につき請求人に対し無罪を言い渡すべき明確な証拠を新たに発見したことを理由に、旧刑事訴訟法四八五条六号に基づいて再審請求をした。当裁判所は、右請求を理由があるものと認め、平成五年一一月一日再審開始決定をし、それが上訴期間の経過により確定したので、再審公判の審理をし、本件殺人の事実は認定できず前記高津方への侵入及び同人殺害につき請求人は関与していないと認めるべきであると判断して、平成六年三月二二日、〈1〉本件殺人の事実については請求人は無罪、〈2〉原確定判決中本件窃盗等の事実につき請求人を懲役二年に処する、〈3〉原審における未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する、〈4〉昭和二四年四月二八日(原確定判決の確定日)から三年間右刑の執行を猶予する、との判決を言い渡し、同判決は、上告期間の経過により、平成六年四月六日確定した(なお、本件殺人の事実は、前記のとおり科刑上一罪の関係にあるものの一部であるから、本来、これにつき主文において無罪を言い渡すべきではないが、再審公判における審判の対象が直接的には専ら本件殺人の事実であって、これにつき請求人の有罪、無罪を認定するのが再審公判の主たる目的であることにかんがみ、請求人が無罪であることを明確にする意味で、特に右〈1〉のとおり無罪の言渡しをしたものである。)。

三  右の事実関係によると、請求人は、刑事補償法一条一項、二項にいう再審の手続により無罪の裁判を受けた者にあたり、同条項に基づいて抑留、拘禁及び刑の執行による補償を請求できるというべきであるから、補償の対象となる日数について検討する。

1  行政検束

前記行政執行法一条による行政検束は、本来は、警察行政の必要上認められた行政処分であって、犯罪捜査とは全く関係がないものではあるけれども、前記記録によれば、同法施行当時、警察において、犯罪捜査のために行政検束を利用し、その名のもとに犯罪の容疑があると見込みをつけた者の身柄を拘束して取調べをすることが一般に行われていたこと、本件においても、警察官は、犯罪捜査のために行政検束の名目で請求人を警察署の留置場に留置して取り調べ、本件窃盗等の事実につき自白を得たばかりか、右留置後間もなくのころから、請求人が前記のとおり煙草窃取の目的で拳銃を携帯して専売局に侵入していることと、前記高津方の隣に専売局出張所の煙草配給所があったこと及び高津殺害が拳銃によって行われていることなどにより、請求人に対し本件殺人の事実についても嫌疑をかけ、警察署の留置場に留置する方法による行政検束を継続して取り調べるなどしてきたことが認められるので、請求人に対する前記行政検束は、実質上、刑事手続上の身柄拘束、すなわち刑事補償法一条一項にいう未決の抑留、拘禁と何ら異なるところはないというべきである。そして、刑事補償法による補償の対象となる抑留、拘禁は、それが適法になされたものか、違法なものであったかを問わないこと、一方、刑事補償法二六条が、本来刑事訴訟法によるものでない外国が逃亡犯罪人の引渡しのためにした抑留、拘禁も、刑事訴訟法による抑留、拘禁とみなして補償の対象に加えていることなどからすると、刑事補償法は、無罪の裁判のあった事件の捜査、審理のためになされた抑留、拘禁について広く補償しようとする趣旨であると考えられ、また、刑事訴訟法による抑留、拘禁の場合でも、それが右補償の対象となるかどうかは抑留、拘禁の根拠の外形にかかわらず実質的に考察すべきであること(昭和三一年一二月二四日最高裁判所大法廷決定・刑集一〇巻一二号一六九二頁参照)にかんがみると、前記行政検束による留置は、刑事補償法一条一項の類推適用により、同条項にいう未決の抑留、拘禁にあたるものとして、同法による補償の対象になるものとするのが相当である。

2  勾留

前記勾留が刑事補償法一条一項にいう未決の抑留、拘禁にあたることは明らかである。しかし、前記再審判決は、高松地方裁判所の前記判決(全部有罪・無期懲役)に対し請求人が控訴を申し立てたことによる第二審として、新たになされたものであって、本件窃盗等の事実についての懲役二年の刑に第一審における未決勾留日数中二〇〇日を算入しており、また、右控訴は理由があったのであるから、旧刑事訴訟法五五六条一項二号により、第二審における未決勾留日数、すなわち第一審判決の言渡日である昭和二二年一二月二四日から原控訴審判決(原確定判決)の言渡日の前日である昭和二三年一一月八日までの三二一日間が更に右刑に通算される関係にあるところ、本刑に裁定算入・法定通算された未決勾留日数については、その刑がいわゆる実刑の場合においてはもとより、執行猶予付の場合においても、刑事補償の対象としてはその刑の執行と同一視せられるべきものとなり、もはや未決勾留としては刑事補償の対象とはならないと解するのが相当である(昭和五五年一二月九日最高裁判所第二小法廷決定・刑集三四巻七号五三五頁、昭和三四年一〇月二九日最高裁判所第一小法廷決定・刑集一三巻一一号三〇七六頁)から、右の裁定算入日数と法定通算日数の合計五二一日は刑事補償の対象から除外せざるを得ない。

3  刑事補償法三条二号の不適用

前記勾留は、本件殺人の事実及び本件窃盗等の事実についてなされたものであるところ、請求人は、本件殺人の事実については無罪の裁判を受けたが、本件窃盗等の事実については有罪の裁判を受けたのであるから、刑事補償法三条二号の規定からして、前記補償の対象になる勾留日数についても、裁量により補償の一部又は全部をしないことができる場合にあたり、このことは前記行政検束による留置についてもあてはまるというべきであるが、本件窃盗等の事実は、本件殺人の事実に比べて格段に軽い事犯で、請求人も捜査段階から一貫して自白していたのであって、前記行政検束による留置及び勾留は、ほとんど本件殺人の事実についての捜査、審理のために長期間継続されたことなど、記録に現れた諸般の事情に照らすと、本件においては裁量による補償の拒否をしないのが相当であると思料する。

4  刑の執行

前記の事実関係に照らすと、前記刑の執行の全日数が補償の対象となることが明らかである。

5  結論

以上によれば、補償の対象となる日数は、身柄拘束の全日数三一七四日から有罪部分の刑に算入・通算された未決勾留日数五二一日を差し引いた二六五三日となる。

四  そこで、刑事補償法四条二項所定の諸般の事情を考慮した上、請求人に対し、右二六五三日について、同条一項所定の補償金額の範囲内で、その上限額である一日一万二五〇〇円の割合により合計三三一六万二五〇〇円の刑事補償をするのが相当であると認め、同法一六条前段により、主文のとおり決定する。

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